切れてるバターとやさしさの食卓
とある日のこと、私は二階建てのスーパーマーケットにいきました。
エレベーターに白杖をついたおばあさんがのってきて「すみません、わたしは目がみえないの。ボタンを押していただけるかしら?」といいました。
そんなことはお安い御用です。
私とおばあさんは二階について、それぞれの買い物をします。
しばらくすると、私は乳製品コーナーの前で、またそのおばあさんに声をかけられました。
「あなた、さっきの人よね? いつも店員さんに頼むんだけど、いないみたいなの。ここに切れてるバターはあるかしら?」
たぶん、歩けるくらいの視力はあるけど、細かいものはまったく見えない、というような症状なんでしょう。
棚を見ます。バターはたくさんあるんですが、切れてるものは見当たりません。
「うーん、ちょっとないみたいですね」
「そう……じゃあ切れてないのでいいわ」
私はおばあさんに切れてないバターをわたしました。
今、品切れ中なのか? 切れてるバターは別のところに置いているのか? かなりモヤモヤしますよね。
私は一階におりて店員さんを探しました。ああ。いたいた。
「あのー、さっき上で目の見えない方が、切れてるバターを探してたんですけど、いま在庫ないですか?」
「えっ、そうなんですか。あると思いますよ」
で、そんなことやってる間に、あのおばあさんがバターを持ってレジに並ぼうとしています。
「ほらほら、あの人です。いまバターを持ってるけど、あれは切れてないやつなんです。切れてるやつがいいんですよ」
そんなことを説明します。私もおせっかいですね。
店員さんはおばあさんにかけよって何かいい、おばあさんはレジから離れました。
で、しばらくして店員さんがバターを持ってきて、おばあさんは無事に切れてるバターを買えました。よかったよかった。
私はその様子をストーカーのように観察していました。
で、その時はじめて「切れてるバターは視聴覚障碍者にやさしい」ということを知りました。
お恥ずかしながら、今までそんなこと想像もしたことなかったですね。
切れてるバター=無精者用のバターと思ってたくらいです。ほんとスミマセン。
雪印の方は、切れてるバターがこんなに社会貢献していると知っているのでしょうか?
白杖ついて歩いて、わざわざそのバター一個だけ買いにくるくらいなんですよ。どうしてもそのバターでなきゃダメなんでしょう。目がみえなくても調理しやすいから。
バター工場の人は「おれはいま、視聴覚障碍者の食卓を明るくしているんだッ!」って思うといいですよ。
コストはかかるでしょうが、これからも製造を続けてほしいです。
世の中には、他にもこんなお役立ち製品があるのでしょうね。
そのスーパーには、切れてないバターと切れてるバターがあるのですが、切れててかつ個包装のバターは置いていないようでした。ミニパックとかポーションとかいうやつです。
「お客様の声」に出してみようかな。