実占のコツ27 この偶然の一致は、進めのサイン?
今回はU様からのご質問です。
○○へ出張に行かないか? と問われた日、偶然、○○にいた人から連絡があった。
このような偶然の一致があると、その先に何か大事なイベントが起こる(=必然性がある)のかと考えてしまいたくもなるのですが、鑑定でいろんな事例を見られている黄玉様はこのような偶然をどのように捉えていらっしゃいますか?
うん、偶然の一致ね。
あるにはあります。
「直感に従え」とか、よく言われてますよね。
じゃあ、偶然の一致はすべて「GO」のサインなのか?
コレット・バロン‐リードの『直感能力者が伝える人生の真実』という本があります。
作者はオラクルカードの作成で有名な人です。スピリチュアル全般、なんでもできる魔女みたいな人です。
これはまさに「神秘なるメッセージの受け取り方」に特化した本です。
○亡くなった息子から愛のメッセージを受け取る母親。
○偶然とは思えない出来事が重なり、命が救われた男性。
○通りすがりに小耳に挟んだ見知らぬ二人の会話が、人生を変えた女性。
○何キロも離れた場所で怪我をしている動物のことを教えてくれた夢。
○オラクルカードのリーディングによって悲劇を免(まぬが)れた若き娘。
けれど、こんな失敗談も語られています。
コレットさんは幼い頃から、直感を使っていた。
ある日、おやつを食べたくなった。でも、それは今は食べちゃいけないものだ。(すご~く小さい頃の話ですよ)
その時、時計を見ると1111だった。昼食前だからよくないですね(笑)
彼女は「食べても大丈夫だ」と思って食べたけど、それを他の人に見とがめられて、怒られてしまった。
この時の1111は進めではなく「正しい道を歩みなさい」という意味だった、という教訓です。
そもそも、人間には「カラーバス効果」というものがあります。
何かを意識すれば、それが目に入りやすくなるのです。
洗濯機が故障したら、洗濯機の広告・チラシ・家電店の情報が「目にとまる」ようになるのです。
なぜなら、自分の心の中ではその答えを求めているから。
幼いコレットさんは、自分の判断を後押ししてくれるようなサインを求めていたのかもしれませんね。
で、このサインに囚われてしまってる方というのもいて……。
例1
「二十年前に別れた初恋の人と良く似た名前が目に入るんです。
(例えば前田さんなら、テレビのアナウンサーが前田だったり……)
これ、私と彼との間に運命があるっていうサインですよね!?」
あなたが彼を気にしているのはわかりますが、そこに運命があるかどうかは、何とも言えません。
例2
「ペットが病気になったんです。きっとこれは外出してはいけないサインだと思って、家にいました」
「夫が風邪をひいたんです。きっと仕事をやめろというサインだと思って退職しました」
「約束の日に、雨が降ったんです。きっとこれは友人と付き合ってはいけないサインだと思って絶交しました」
細かいことを気にしすぎじゃないですか? それとなんでもネガティブに考えすぎでは?
直感。サイン。シンクロニシティ。
確かに、それらを活用すれば、人生が大いに開ける可能性があります。
がしかし、それが本当に正しいかとなると……?
『直感能力者が伝える人生の真実』って、めちゃくちゃ分厚い本ですよ。
チャキチャキの霊能力者ですら、ここまで書かなきゃいけないのかというくらいに、実は難解なテーマなのです。
それで人間というものは、だいたいにおいて即効性を求めます。
偶然の一致があって○○へ向かったら、何かすごく良いことが、すぐに起こってほしいですよね。
秋山眞人が超能力について述べていたことで「周辺効果」というのがあります。
夢のお告げでAという場所に行けと出た。
きっとAで何か大事なことがあるのだろう。
でも、Aには何もなかった……。
帰りにたまたま立ち寄ったBで、懐かしい旧友に偶然出会った。
Aだと思ってたけれど、それはBにたどりつくプロセスとして必要だった。
サインが知らせるものは、そのものズバリにあるのではなく「周辺に何かあるよ」ということで、周辺効果。
良いことが起こったとしても、自分が表層意識で望んでいるお宝ではなく、斜め上のお宝が転がり込む可能性もあります。
自我ではとらえきれない何かを望むなら、直感はたいへん有効です。
問い「私のこの直感は正しいものでしょうか?」
もし私が何かアドバイスするなら「身のまわりを片づけてください」というでしょう。
不要な段ボールはおりたたんで古紙回収に出し、ペットボトルはリサイクルか適切な方法で処分してください。
嫌いな人と会うのをやめ、気の進まないイベントはキャンセルし、好きなようにダラダラして、ボーッとしましょう。
――これは何をやっているのかというと、人生に余白を増やしているのです。
シンクロニシティやサインを活かすコツは、「余白を持つこと」なのです。
例1と2の人は、考えすぎ・悩みすぎで、心に余白も何もありません。
それでサインに囚われてしまうのです。
心に余白があれば、そのサインが進むべきか退くべきか、自分自身で「腑に落ちる」感覚が生まれるでしょう。
サインとか偶然の一致というのは、あなたの無意識からの声なのです。
だけど、意識でむりやりつくりあげたサインというのもあって、そこは見極める必要がありますね。
「これか!?」と思っても、モヤモヤした気持ちのままなら、いったん立ち止まりましょう。
無意識をひっぱり出すために、自分の周囲の環境に、意識的に余白をつくってみてください。
そうすれば、判断を決するための情報が新たに入ってくる……かもしれませんね。
U様からのお返事
そういえば、外山滋比古が「研究の着想を得るには、ある所まで必死にやったら一旦寝かせるのがよい、全くそのことは考えない時間を作り無意識の作用がはたらくのを待つ。そうするとその時には思いもしなかったアイディアがふいにやってくることがある」というようなことを本に書いていました。
その通りです。
これは芸術家がインスピレーションを得る時の方法と、まったく同じなのです。
サイン・直感は、クリエイティブな仕事全般に応用できますよ。お試しあれ。