(6)とりあえず人助け

 

慧海は、探検家としてブイブイ冒険しているだけではありません。

本職:僧侶なので、出会った人にはできるだけの人助けをします。

仏陀のありがたいお話をして、お経を読んで、病人には薬を処方してあげます。死にかけた子どもを助けたこともありました。

 

後に慧海はチベットで医者として名をあげますが、いつこんなハイレベルな医術を習得したのでしょうね?

それが経歴を読んでもよくわからないのです。

「一人でチベットへ行く → 周りに医者などいない → 自分が骨を折っても、吐血しても、回復できるくらいの医術を習得しなければ!」と自習したのかもしれません。

 

おかげで大勢の人を助けることができました。

慧海の功徳は巡り巡って、大きな善果を結んでいきます。

 

(7)時には策を弄せよ

 

慧海は自分ができる限りの善行を施しています。

しかし、そんな慧海をひきずり下ろそうとする人物もいるわけで。

 

慧海は旅の途中、ツァーラン村というところにしばらく逗留していました

(ここではヒマラヤ越えのため、石を背負って山登りの練習をしています。プロの登山家みたいなことしてますね)

そこで村人から大いに尊敬され、慕われていたのですが……。

 

後に、そのツァーラン出身の無頼漢とばったり出くわします。

その人は非常の飲酒家でヒマラヤ山中の土民の中でも余程悪い博徒といったような男で、常に私に対して蔭言をいい、あれは英国の官吏である、探偵であるというような事をいい触らして居た男ですけれども、私はそういう男には普通の交際をしてその男の家の者が病気になった時分にはやはり薬なんか遣ったものですから、余り酷い悪口もいわんけれどもこちらの遣り方一つではすぐ喧嘩を仕かけて酒の種にしようという悪い男です。

 

慧海は「この男は必ず私に災いを為すだろう!」と直感して、酒を飲ませて酔いつぶします。

 

私もそこへちょっと寝たような振りをして居た。すると宿主が五時半頃起きましたから私も起きて宿主に向い、ここに寝て居る人は私の大事な人だ。お前にこれだけの金を上げて置くから今日も充分お前の腕前で酒を飲ましてくれろ。その代りにお前にもこれだけの礼を上げて置くから、といって若干の金を渡しなお宿主に、決してその人を外へ出してくれてはならん。もし眼が覚めて私がどこへ行ったと問うたらばツァーランの方に行ったといってくれろ、といいつけてそれから荷物を整え六時頃そこを出立しました。ツァーランの方に行くというのはいわゆる策略で実は東南の方向のラサを指して公道を通って進んだです。

 

何が起こっても平然としている慧海なのに、ここまで警戒しているのは珍しいですね。

ヒマラヤ山中でも、人間の悪はなくならないのでしょう。

 

 

(8)心のゆとりを忘れない

 

さて、波乱万丈の旅をする慧海法師。

しかしそんな中でも歌を詠むのは忘れません。

いつでも心のゆとりがたっぷり。強盗にあっても別に驚きません。

 

一体チベットの盗人に遇うた時はちゃんと規則があるんです。その事は前に聞いて居りました。何でも盗人に逢うた時はすっかり向うの欲しがる物をみな遣ってしまって、そうしてお経を申してどうか食物だけくれろというと向うから三日分位はくれるというから、そういう手続きにやろうと思いまして「私の懐にある物の中に釈迦牟尼仏の舎利を蔵めてある銀の塔がある。それはかつてインドのダンマパーラ居士がチベットの法王に上げてくれろと言って言伝参ったものであるからこれだけは取らんでくれ」というと「それを俺に遣こさないか。」「いやそれを持って行くのはよいがこれを持って行った分にはお前が難儀な目に遇うであろう。なぜならばこの舎利様は普通俗人が持った分にはよくお護もりをすることが出来ないからどうせお前らに善い事はありゃあしない、しかし欲しければ上げる」と早速出して「まあ一遍開けて見るがよい」と言って渡しますと、その遣り方は思いの外に出たと見えて彼らはそれを受け取らずに「そんな有難いものならば私わしの頭へ指して戴かしてくれろ、でその有難い功徳を授けてくれろ」といいますから、其男の頭へ載せてやってそうして三帰五戒を授けて悪業の消滅するように願を掛けてやりました。

 

自分の荷物をぶんどろうとやってきた強盗に、悪業が消滅するように願を掛けてやる!

仏の慈悲は広大無辺なのですなあ。

 

(9)自己コントロール力の高さ

 

さてチベット旅行記で驚かされるのは、異常なまでの自己コントロール能力です。

特に「非時食戒(ひじじきかい)」という「午後からは食べ物をたべない」という習慣ですね。

 

作中でお婆さんが「こういう旅の中で非時食戒を守る人はごく少ない」といっていますが、そりゃそうですね。

旅 → エネルギーの消耗が激しい → 非時食戒なんてやってられっか! となるのが普通です。

 

ヒマラヤ山中で遭難しかけても「自分はもとより午後は一切喰わんのが規則ですからただ懐中から丁子油を出して夜着を着て居る窮屈な中で身体へ塗り付けました。すると大分に温度が出て参りました」などといっている始末です。

「今食べなきゃ、体温が低下して死ぬ! ちょっとくらい食べてもいいよね?」というような心の迷いは一切ありません。

 

(10)仏を信じる

 

とにかく、仏陀を信じる! 信じ抜く!!

これに尽きます。

今の人間からすると、慧海の行動は狂信的にも思えるのではないのでしょうか?

同時代人ですら、慧海に反対してますし。

 

「神仏は本当にいるのだろうか」「チベットへ来てよかったのか?」という迷いは一切ありません。

ただひたすら仏の教えを信じて行動します。

願う事といったら「衆生のために尽くしたい」とか「仏道を広めたい」とか、そんなことばっかりです。

 

そして実際、冒険の要所要所で天祐としかいいようのない、偶然のラッキーが起こるわけです。

 

世界は、その人の信じる通りに生起していくのかもしれませんなあ。

あなたはどう思います?

 

この狂的なくらいの信心+神仏のご加護がなければ、チベット行きは成功しなかったでしょう。

 

続きます。