こんにちはー。易者の黄玉です。

最近めっきりハロウィンづいてきましたね。いかがお過ごしですか?

 

さて今日はハロウィンとは何の関係もない話題ですが……。

このブログにたどりつくような方は、きっと占いやスピリチュアルのことにある程度詳しいでしょう。

開運指南本を読んで「ポジティブ思考って大事ね~」と思ったりしているはず。

 

そんな中に「執着を捨てたい」というニーズのお客様がおられます。

「自分はある一つの願いを叶えたいと思っている。しかしそれが叶わない。何かの本に『執着はよくない』と書いてあるのを見た。それはそうだと思う。だから執着を捨てたい。でもその執着が外れない。どうやってこの執着を取ったらいいだろうか?」

というような悩みです。

 

コアな悩みかもしれませんが、本人にとっては切実な問題ですね。

 

しかしですな。

たとえば「執着を取るためには運動がいいですよ。マラソンとかどうでしょう」という占いが出たとします。

するとそういう方は、足が折れるまでマラソンしてしまいます。

(結局は、執着を捨てて望むものを手に入れたいという欲望があるから)

執着を捨てることに執着している状態です。

 

占っておいてなんですが、これは質問がよくありませんね。もっと抜本的なアプローチが必要です。

ということ、ブログで後出しで申し訳ないですが、

「執着を捨てることに執着してしまったケース」についてまとめてみました。

 

 

ある一つの物事にとことん執着している人!

そういう方というのは、とにかく必死です。何もかもがぎゅうぎゅうです。

「このたった一つの願い、これさえ叶えば……!」と年がら年じゅう思っています。

 

さらに「Aという道を選べば、私はこの先の全人生を通して幸せになれますか? そしてその幸せとは、主観的客観的どちらのパーセンテージが多いでしょうか? また幸せという概念は、私が今思っている通りの幸せで間違いありませんか?」などと、完全無欠のパーフェクトな占い結果を求めがちです。

 

いや……人生に保証書はないんで……。

それじゃあ幸運も寄りつかないだろう、というくらいにガチガチですね。

 

「それさえあれば幸せになれるのに」?

しかし、人間の欲望は限りがありません。

「お金さえあれば」と思っていた人は、お金が手に入れば「もっと健康だったらな」というに決まってます。

「それさえあればパーフェクトに幸せなれる」などという代物は、この世に存在しないのです。

 

ですから、「それさえあれば……」と願うその心自体、既に「認知の歪み」が入っているのです!

 

その「自分はそれさえあれば幸せになれる」=「それがない自分は不完全な存在だ」という信念を修正しない限り、次々と欲望が他のことにスライドしていくだけですよ。

お金が手に入れば→ペットがいれば→ペットが病気になった→不老長寿を求める→蓬莱はどこかなあ?

 

たとえ今すぐにあなたの願いが叶ったとしても、どうせまたあなたは別のことで不満を抱くようになるでしょう。

だってあなたがそういうスタンスでいるのですから。

 

 

「いやいやそんなことはないって! 自分の恋愛(仕事・結婚・子ども)はと~っても大事な問題だ。

もしそれが叶えば、今すぐ死んでも後悔しないよ!」

 

ははん、そうですか。しかしですね……。

何かにとんでもなく執着している方は、たとえそれが叶ってもおかしくない状況にあったとしても、なぜだか、その願望がスルッとそれていってしまいます。

まるで磁石のS極とN極が反発するように。これは運命の恐ろしいメカニズムですよ。

 

「そう、そう! これはきっと自分の執着の気持ちが邪魔してるんだ。だから執着を取る方法を教えてほしい!」

それじゃあ、また「執着を捨てることに執着するループ」ですよ。

「その願いを叶えなければ自分は幸せではない」世界から抜け出られていません。

 

実はそういう方の幸せレベルというのは、世間的に見るとけっこう高いんですよね……。

恋愛運で悩む方は仕事運が順調。

子ども運に悩む方は結婚運と金運には困っていない。

金運に悩む方は夫婦運・家庭運・子ども運すべてパーフェクト。人間関係の悩みはゼロ!

 

そもそも願い事が「たった一つだけ」ってのが、既に幸福組なんですよ。

「病気、借金、離婚、子どもは逮捕されて親は認知症! 何から手をつけていいかわからない!」という方もいるわけですし。

正直いえば「贅沢だなあ」と思わなくもありません。

 

 

「いやいや、でも! これを叶えなければ人間として生まれてきた甲斐がないよ!」

引き寄せの法則じゃないですけと、その欠乏感がさらなる欠乏感を呼んでいるというか……。

 

「だって今のままの自分が完璧だなんて思えない!」

そういう方を見て思うのは、自己否定の気持ちが強すぎるということですね。

「それがなければ自分は完璧ではない」という信念が強すぎるのです。

 

そもそも「〇〇を達成した自分でないと受け入れられない」という考え方はbadなわけですよ。

 

「妊娠・結婚・育児をした自分でないと愛せない!」

……ならば、お子様を持たれるのはオススメしませんね。

なぜならそれは「条件付きの愛情」だからです。「テストで100点取った子は偉い子」です。

まず自分を自然に愛せないと、他者に無償の愛情を注ぐことなどできないでしょう。

 

もしかしたら「幸運」もお金と同じかもしれませんね。

ここで書いているように、一円を大事にしない人は大きなお金に見放されてしまうわけです。

ちょっとは、今ある幸せに目を向けた方がいいんじゃないでしょうか?

 

 

「だけど! それを手に入れなきゃ……」

実はこの問題のポイントは「それを手に入れる」ことでも「執着を捨てる」ことでもありません。

 

これは「いつも何かが足りないと思っている自分の思考癖を矯正できるか?」

「今の自分を認められるか?」「そのままの自分を愛せるか?」という自己肯定感の問題なのです。

 

あなたはそれが手に入らないから苦しんでいるのではありません。

そのありあまる自己不全感のために、一つのことに執着するようになったのです。

順番が逆! です。

 

叶わぬ恋に苦しむ人は、わざと自分と相性の悪い人を好きになって、ジタバタ苦しんでいるのかもしれませんよ。

なぜなら常に「自分には何かが欠けている」との信念を持っているからです。

「わざと自分が満たされない相手を選ぶ」というからくりです。

 

引き寄せでなくても、ビリーフとか人生脚本とかいう単語で検索してみてください。

あなたの人生を創っているのはあなた自身なのです。

 

 

でもちょっと気が楽になりませんか?

別にあなたはその願いをgetしなくていいのです。

あなたが幸せになるためには「自己肯定感を持つ」「自分を愛する」だけでいいのですから。

 

「もしその願いを叶えることができたら、その時自分を心から愛せるよ!」

だから~、それじゃ条件付きじゃないですか。

自己肯定感が先ですってば。

 

極論言えば「それをgetしなければ」という欲望は幻想なんです。

人生にはあらゆる幸・不幸が入り混じっています。

1%の欠けで(そもそも欠けという表現もどうなのか)残り99%がフイになるわけではありません。

 

あなたは自分に足りないものを見つけ出すことが上手すぎます。

しかしそれではいつまでたっても苦しみの沼から這い上がることはできないでしょう。

 

自己肯定感を持つには? それはまあケースバイケースですね。

書店に行けばそのたぐいの本が山と積まれていますので、読んでみるのもいいでしょう。

 

 

執着を捨てる、とは何か?

それは「何かを獲得しなければ幸せになれない」という思い込みを外すことです。

 

「何かをgetしなければ→そのために執着を捨てなければ→そのために自己肯定感を上げなければ」

と思っている限り、あなたはいつまでも馬の前に人参ぶら下げゲームから脱することはできないでしょう。

 

ちなみに、その願いは本当にあなたの心からの願いなのでしょうか?

実はこういう「願望のすりかえ」はよくあることです。

 

結婚したい → 結婚してないと一人前ではないという偏見がある → 社会から認められたい

お金がほしい → お金のことに煩わされず趣味を楽しみたい → 趣味を充実させたい

独立したい → 隣の席の奴がイヤ → みんなと仲良くしたい

 

ですから、これに単純に「結婚するには〇〇して~」とやっても、本人の心のモヤモヤは消えないわけです。

あー、人間の心って面倒くさいですね。

 

でも「執着を捨てることに執着している」くらい、こじらせたあなたならよくわかるはずです。

まあ気になることがあったら相談してみてくださいね!

それではまた~。