さて、私はようやく老人の車から下りました。

この時点での私は、老人が悪人だと確信できていません。

「この人ヤバい!」とは思ってなくて「漢方薬イヤ」が100%です。

だから大使館に連絡しようとは思いませんでした。

 

私は漢方薬をのまなくてすんだことにホッとしながらも、

「うーん、私はせっかくの好意をムダにしてしまった、つまらない人間なのかも。あんなにいい人そうだったのに……

と気持ちがグラグラゆれていました。

 

 ➡ 魅力

ある種の犯罪者は、親切そうで優しそうで誠実そうです。

また、親密なムードを作るのに長けています。それは自分の真意を隠すためです。

 

こうやって文章にすると、怪しさ満点です。

しかしそれでもなお、私は「半信半疑」といった状態でした。

 

ああいう人と話していると、軽いマインドコントロール状態に陥りますね!

ついていってしまったのは「話し込んだ」からです。

 詐欺師とは会話してはいけません。一切のコミュニケーションを遮断しましょう。

 

 

皆さま、犯罪者のコミュニケーションスキルの高さをなめない方がいいですよ。

 

よく「言葉巧みに誘い出して……」といいますね。やはりプロです。

「私はいい人だよ」「一緒に行くのが当然だよ」「疑うなんてひどいよ~」という雰囲気をつくるのがうまいんです!

 

多くの人は、身長2mの大男には「とても勝てないな」と素直に思います。

けれど一流詐欺師を前にしても「そんなの騙される方がバカなんだよ~」と高をくくっています。

それほんとキケン。

 

「腕力の差はどうしようもない」というのと同じく、

 💡 「コミュ力の差がありすぎてどうしようもなかった」というケースもあるのです。

だから被害に遭った人を責めてはいけませんよ。

 

もしこの後、また老人と再会したらヤバかったですね。

「せっかくの親切を断ってしまった」と罪悪感を感じて、老人を信用していたかもしれません。

 ➡ 罪悪感があると、人からコントロールされやすいのです。

けれど幸いにも、そうしたことはありませんでした。

 

今回は使われていませんでしたが、他にもいろいろな面接テクニックがあります。

 ➡ レッテルを貼る 「日本人は、現地の人とは話したくないだろうけれど~」などといい、そのレッテルに逆らう行動をうながす。

 ➡ 高利貸し 自分から親切を施して、後々相手を断れないようにする。食事をおごる、観光ガイドをする、などです。

 

周りは高級住宅地で、特に何も用事はありません。

私はそこからタクシーを拾って、ホテルまで帰りました。

 

 

私はホテルで、日本から持ってきたカロリーメイト(無毒)を食べながら考え込みました。

 

うーん、あの人はいい人だったのだろうか? それとも睡眠薬強盗か?

小柄でやせてて親切そうで、太極拳でもしていそうな人である。悪人っぽい感じはしない。→※思考

 

しかし、なぜ自分からカフェテリアの客に挨拶して、そしてその男性は妙に冷たく答えた?

そこには「青い顔」とでもいうような、冷たさがありました。

何だか気になるなあ~。 →※直感

 

もしかして老人と男性は初対面だったのではないか? 私に何かを信用させるためだったのでは?

「私はこの公園によく来ていて、顔なじみの人もいるよ」と?

なぜそんなことをする必要がある? 自分が信用ならない人物であるからでは?

 

それにあのアルバムの位置もおかしいし、病気の奥さんを放ったらかしにして、日本娘をナンパなんてけしからん。

そもそも、奥さんは実在するのだろうか? 写真で人種まではわからないしね。

日本大使館前での、苦し紛れな言いわけも変だし。→※事実

 

 

その時ふと「仲間がいたら死んでたよな」という考えが浮かんできました。

 

うむ。また、いつどこであの老人と出くわすかもしれない。

明日は、繁華街に行くのはやめよう。そして、悪人が絶対来なさそうな場所に行こう。

 

私は予定していた観光地巡りをすべてキャンセルして、残りの日程は、美術館や博物館に行きました。

ここなら入館料いるから、入ってこないだろう。警備員の人も巡回してるだろうし。

 

あと、夜は日没後は出かけないようにしました。

夕食は屋台で持ち帰りのもの(汁なしの油麺とか、チャーハンとか)を買ってきて、部屋で食べました。

ふー。これならドラッグを入れられる恐れはないでしょう。

 

シンガポールで警戒しすぎですか?

でもラン園での再会は、偶然だとは思えません。「下見」されてたんでしょう。

ノンキに鳩とたわむれてましたが、尾行なんてちっとも気づきませんでしたよ。

 

午前中のラン公園という、最も平和的な場所で、人身売買グループ(?)が獲物を求めて徘徊してるんです。

もしあれがスナッフビデオの出演依頼だったらどうするんですか。そりゃビビるわ。

おかげで、無事に帰って来られました。

 

 

さて、今回のまとめです。

犯罪者は、自分の目的を遂げようとするため、巧みに親切さを装います。

そして被害者自身も「自分は安全だ」と思いたがります。

 

その活路を開いてくれるものは何なのか?

それが「直感」という危険信号なのです。

違和感があるものには、すべて「NO」と言いましょう。

100%の「YES」でない限り、進んではいけないのです。

 

💡 多くの犯罪というのは、いきなり「犯罪だ!」とわかるわけではありません。

犯人は、被害者を少しずつ誘導していきます。

「何かヘンだな」が積み重なって、とんでもないところに連れて行かれるのです。

でもそのたびに、直感は何らかのサインをくれます。「おかしいな」と思ったら、すぐに軌道修正しましょう。

 

だいたいの人は「今思うと変なのだが……」と言います。

けれど著者はこう断じます。

いまわかるなら、そのときもわかっていたのである。

 

直感による危険信号は、通常かすかなものです。

カフェの客のそっけない表情といった、見過ごしやすいものです。

「でもところどころで引っかかっても、「そんなものか」と自分自身を納得させました……」

危険信号を無視することは、自分を見殺しにするのと同等です。

 

何が直感の敵なのか。それは「否定」です。

「たぶん大丈夫だろう」「まさかそんな」「悪い人じゃなさそうだし……」と。

しかし、それは自分にとって都合のよい情報を集めているだけです。

参照:正常性バイアスによる回避機会の喪失

 

親切と善良はイコールではないと、わたしたちは肝に銘じるべきである。

 

「そのとき、老人と婦人の二人組が話しかけてきた。優しそうな顔をしていた……」

「非常に明るく陽気で人懐っこく振る舞い、悪のオーラは全く感じさせない……」

相手はプロの犯罪者です。そう見せる必要があるから、そうしています。

俳優の演技を見ているのと同じです。「~~そう」は、まったく当てになりません。

 

「それでも、彼らが犯罪者だって証拠はなかった……」

「尻尾を掴む前に切り捨てるのは悪い気になっていた……」

証拠なんていらんのです。

相手のペースに巻き込まれないよう、礼儀をかなぐり捨て、その場の雰囲気をぶち壊しましょう。

 

「自分はNOが言えない日本人だった……」

意思表示する強さを持ちましょう。侍のようにキッパリと断るべきです。

「見知らぬ人の………お誘いはお断りします!」と言えばいいのです。

 

「ああ、この人はやっぱり悪人だったんだわ!」……そうとわかった時には、既に手遅れでは?

確信を待っていたら、死んでしまいますがな。

「どこかのアジトに拉致監禁されて……」

 

他の方のブログ見てると空恐ろしいですね。

「口をつけただけで昏倒、自白剤の作用でキャッシュカードの暗証番号を喋ってしまう」って。

何ですか、この犯罪者にめちゃくちゃ都合のよい薬は!?

こんな劇薬、絶対死んでる人いるって。

 

 💡 「理由はよくわからないけど、何となく不安」のうちに虎口を脱しましょう!

 

確かに、証拠は何もないですよ。

老人が日本語を読めたなら「わっ、妻に内緒で声をかけただけなのに、人さらい扱いされてる! ひどいよー!」と思うかもしれませんね。

 

でも、作中ではこう書かれています。

本当に善良で、なんのもくろみもない男、あなたから何かを得ようなどと考えていない男は、向こうから声をかけてきたりはしないものだ。

ですよねー。

 

だからどんなに非合理でも、体裁が悪くても、みっともなくても、やっぱり直感には従った方がいいのです。

 

 

ああ、それと不思議な話をひとつ。

この旅行に行く前、なぜだか私は急に「不透明な白い石」が欲しくなりました。

そして、ごく安いものですが和田(ホータン)の白玉のビーズを一個手にしました。

後から調べると、和田の白玉は「旅の安全を守る・平安の維持」という意味があるそうです。

 

旅のお守りというと、ターコイズが有名ですね。

でも私としては、この経験から断然「和田の白玉」をおススメします。

 

それにこの旅行では、愛用のペンをなくしてしまいましたねー。

もともと私は失くしものはほとんどしないタイプです。

身代わりってやつでしょう。

まあこんなふうに、さまざまな事象が危険をお知らせしてくれます。

 

人間は恐怖を感じます。

しかしそれは忌むべきものではなく、大切な危険信号をもたらしてくれます。

それが原題「THE GIFT OF FEAR」(恐怖からの贈り物)の意味です。

 

最後に、著者の言葉を紹介しておきましょう。

どんな場合にも適用できる対処法はただ一つ、直感に耳を傾けるということだけである。

あなたが危険な状況に置かれたとき、わたしにはどうするのがいちばんよいかを決めることはできない。

必要な情報が全部あるわけではないからだ。でもあなたには、すべての情報がある。

テレビがこうすべきだと言ったとか、雑誌にこうしろと載っていた、あるいは友だちがこうしたと聞いた、そういったことにまどわされてはならない。

あなた自身の直感に耳を傾け、そこから生まれるあなた自身の知恵にしたがうべきなのである。

 

お互い直感を大切にして、セーフティな人生を送りましょう!

それではまた~。